武田勝頼ゆかりの武節城址ロゴ

勝手に武節城ニュース!

★武節城址が「全国山城サミット」に参加しました!
2019年11月9日(土)・10日(日)に岐阜県可児市で「第26回 全国山城サミット可児大会 2019」が開催されました。武節城址は、全国のお城が集まる「おしろ横丁」にブース出展し、クリアファイル等のオリジナルグッズの配布も行われました。
※全国山城サミットの詳細は、山城サミット公式WEBサイト
(2019.11.30)

★武節城址「御城印」発売中!
武節城址の「御城印」が発行されました。裏面には、稲武の四季(春・初夏・夏・秋・冬)のイラストが描かれ、5種類を横に並べると「稲武の四季の屏風絵」として楽しめる、非常に珍しい御城印です!今後、季節ごとに随時発行される予定です。
※詳細は「いなぶ観光協会」WEBサイト
(2019.11.30)

概要・略年表

◎武節城とは
武節城(ぶせつじょう)は、田峯(だみね)城主の菅沼定信がその支城として築いた戦国時代のお城です。
信濃・美濃・三河の3国の国境にあり、三河の最前線基地として狼煙(のろし)によって敵の情勢を味方に伝えるという情報網の中心として重要な役割を果たしました。

そのため武田・徳川にとってたいへん気になる存在の城であり、たびたび戦火に巻き込まれ、武田方になったり徳川方になったりを繰り返してきました。
天正18年(1590年)、最後の城主 奥平信昌が徳川家康に従って関東へ転封となり、廃城になったと伝えられています。

現在は本丸となる曲輪をはじめ、複数の曲輪と切堀、土塁、狼煙台などの跡が確認できます。
また稲武の町の中には、当時のなごりとしてシロ山、関屋、大門、古町屋、屋敷といった地名が現在も残っています。

武節城 略年表
■永正年間(1504~21年)
田峯の菅沼定信によって築城
■1556年(弘治2年)
武節谷合戦。信濃の下条信氏が武節城を攻める
■1571年(元亀2年)
甲斐の武田信玄、本格的な三河進攻を開始。 武節城・菅沼氏は戦わずして武田の軍門に降る
■1573年(天正元年)
徳川家康の長男 信康が初陣に武節城を攻める
■1575年(天正3年)
長篠合戦。敗れた武田勝頼が甲州への帰路、武節城で一夜を明かす
■1575年(天正3年)
織田・徳川の軍が奥平貞能・信昌父子とともに武節城を攻める。落城後、武節城は奥平父子に与えられる
■1590年(天正18年)
奥平信昌が家康に従い関東に転封になり廃城となる

周辺マップ

武節城址周辺マップ

見どころ紹介

武節城 本丸

本丸 建物は残っていない。今は広場になっている。(MAP①)

武節城 本丸

本丸 武節城陣没者供養碑。

武節城 櫓台

櫓台 本丸よりも一段高い位置にある櫓台跡。物見台・狼煙台として使われた。(MAP②)

武節城 櫓台

櫓台 現在は城山神社になっている。訪れた際にはお参りをしていこう。

武節城 二の丸

二の丸 本丸の段下には二の丸、三の丸と大きめの曲輪が続く。(MAP③)

武節城 三の丸

三の丸 二の丸の下に位置するかなり広めの曲輪。現在は畑として利用されている。(MAP④)

武節城 空堀

空堀 本丸と外曲輪の間に設けられ、外敵の侵入を防ぐ役割を果たした。当時はもっと深く険しかったはず。(MAP⑤)

武節城 外曲輪

外曲輪 本丸の外側にある曲輪。他にも多くの曲輪が残っており、地元の人々の墓地などとして利用されている。(MAP⑥)

武節城址への登城口・ルートの紹介

道の駅どんぐりの里いなぶ駐車場

道の駅駐車場 道の駅「どんぐりの里いなぶ」の無料駐車場が利用可能。どんぐりの湯・どんぐり工房前にもあり。(MAPⒶ)

いなぶ観光協会 観光案内所

観光案内所 出発の前に観光案内所で「武節城址リーフレット」をゲットしよう!ほかにも色々な情報が得られるよ。(MAPⒷ)

武節城 登り口

武節城址登り口(北側) 武節城址へは、どんぐり工房近くの北側の登り口からだと舗装された道で登りやすい。(MAP⑦)

武節城 北ルート

北ルート 左手に三の丸、二の丸、本丸と順に続いていく曲輪が見られる。気軽に登れるけど、ちょっと物足りないかも。

武節城 登り口

武節城址登り口(南側) 観光案内所と国道153号を挟んで反対側にある南側の登り口。こちらはちょっとした山城感。(MAP⑧)

武節城 南ルート

南ルート 「武節城址」の看板を左へ入っていく。ここからは外曲輪沿いの山道に。夏場には草が多いこともあるので、足元に注意!

武節城に関連する歴史スポット

武節城 姫井戸

姫井戸 1556年、信濃の下条信氏に攻められ、合戦の末に武節城は落城(武節谷合戦)。その際、お姫様が『敵の手にかかるよりは』とこの井戸に身を投げたと言い伝えられている。(MAPⒸ)

武節城 旧街道

旧街道 稲武の古い町並みの一角には、戦国時代に武田軍も通った当時の旧街道が今も残る。ほんの短い区間だが、道幅は昔のままだそう。(MAPⒹ)


武節城址 基本情報

※参考:いなぶ観光協会WEBサイトどんぐりの里いなぶWEBサイト、現地案内板
※記載の情報は2019年10月時点のものです。実際に訪れる際には公式HP等の最新情報をご確認ください

※参考資料:「語り継ぎたい 稲武の歴史」 安藤 泰

武田勝頼と武節城へ どんぐりの里いなぶへ

このページについて

このWEBページは、愛知県豊田市の稲武地区にある戦国時代のお城「武節城址」を【ひろガリ工房】ひろまる が「勝手に紹介!」するページです。武節城址の公式サイトではありません。実際に訪れる際には「いなぶ観光協会」HP等の最新情報をご確認ください。
◎ひろガリ工房とは… 武節城址のリーフレットや、のぼり旗などのグッズ制作を手伝わせていただいているクリエイターユニットです。和風ポップなイラスト・デザインを得意としています。(詳しくは「こちら」

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